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鍼灸師を目指したきっかけ

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院長 山上 貴也(ヤマガミ キナリ)

院長 山上 貴也(ヤマガミ キナリ)

「医療」に興味を持ったのは私が高校生の時でした。野球部に所属していた私は、2年生ながらレギュラーとなり、毎日練習に没頭していました。ある日、スローイングをした時、突然股関節に痛みがはしり、とうとう歩けないほど悪化しました。その時、紹介してもらった接骨院で股関節亜脱臼と診断され、整復して頂きました。驚いたことに、あの激しい痛みが和らぎ、少し歩けるようになり、人のお役に立つ素晴らしい仕事があるのだと思ったのがきっかけです。
しかし、「医療」に携わる仕事に就く決心がつかず、大学は工学部を選びました。中途半端な私を「医療」に引き戻してくださったのは、あの接骨院の先生でした。祖母が腰痛を起こし、6年ぶりに先生にお目にかかれる機会が訪れたのです。先生の温かい言葉、痛みを和らげる施術、患者様たちの笑顔と先生への信頼感…、なんと穏やかな時間が流れているのだろう…。
その時、突然母の言葉が思い出されました。「ご奉仕の心をもって、人様のお役に立てるような人間になってね」身体の弱かった母が私を授かったとき、無事に産めるよう、そういって父と共に神様にお願いしてくれていたそうです。この両親に報いる職業は、やはり医療の道しかないと決心しました。
数ある「医療職」の中で、私は身体にメスを入れずに病気を治す「鍼灸」に魅力を感じ、通っていた大学を中退した翌年、関西鍼灸短期大学を受験し合格しました。在学中はとても楽しく、もっと医学の勉強がしたいと思うようになり、卒業したら鍼灸治療にご理解のある医師のもとで仕事をしたいと考えるようになりました。
鍼灸学校3年生の夏休み、私の就職活動が始まりました。鍼灸に理解のある医師が在職する施術所を電話帳からピックアップしていたある日、大学である教授と偶然お会いしました。就職先を探していることをお話したところ、先生は「大阪市北区にある藤林針灸治療院が君の希望に合うと思う」と教えて頂き、早速、面接希望の連絡をしました。鍼灸師の募集はしていないからとお断りされたのですが、必死にお願いして、とうとう見学の約束を取り付けました。
初めて藤林敏宏先生にお目にかかった時、自分の理想が現実になった喜びと緊張でドキドキしました。先生の「鍼灸師に何故なりたいのか」というご質問に対して、ただただ治療師としての熱意をひたすら話し続けました。一所懸命語る私に、藤林先生は「君の考えは甘いな」と言って、部屋を出て行かれました。世の中は厳しいものだと思いましたが、気を取り直して院長室へお礼の挨拶に行きました。
その時かけて頂いた言葉は、今でも忘れることができません。「ちょっと待て。そこに座りなさい。君の言っていたことは甘いが大切なことだよ。もし君が本当にここで頑張りたいなら、また出直して来なさい。その時はテストをする」天にも昇る心地でした。
その後、テストにも合格し、何回かご指導も受けることができました。その翌年、鍼灸師の国家試験に合格して藤林針灸治療院に本採用となりました。
鍼灸師の道に目覚めて25年、初心の熱い思いは、今も尚、燃え盛っております。

河内 貴司(カワチ タカシ)

河内 貴司(カワチ タカシ)

人を癒す仕事につきたいと思ったきっかけは義父の影響でした。鍼灸師であった義父の治療を見学させてもらう機会があり、そのときに腰痛で身体が前かがみになって動けず、とても辛そうな方がおられました。義父が優しくその方に言葉をかけながら、指でツボを探し、鍼をしました。すると、たった一本の鍼で劇的に痛みが取れて穏やかな表情をされました。その不思議なでき事に大変驚き感動いたしました。
その時、私も患者様の治ったときの喜びを自分の喜びとしたいと思い、鍼の道を選び、鍼灸師になりました。
又、医学博士、藤林敏宏先生から鍼を学ぶという機会を得て、さまざまな病気に対する医学知識を深め、学んだ経穴を治療に応用し、さらなる治療方法を研究するといった充実した毎日を送っております。針灸治療に出会えたことに感謝し、この仕事を天職と思っております。

小川 均(オガワ ヒトシ)

小川 均(オガワ ヒトシ)

高校生の時、同級生がひどい頭痛で、病院で診察を受け、通院を続けても頭痛はなかなか治らず、夏休みの校外合宿にも参加できない状態でした。辛そうな彼の姿を見ていて、私は自分の子供の頃を思い出しました。
乳幼児の頃から私は身体が弱く、何度か死にかけた事もあると聞かされていました。小学校に入った時も、胃腸が弱く、痩せて、青白い顔をしており、よく学校も病欠しておりました。母は私の身体を心配して鍼灸・マッサージ師の資格を取り、同時に背骨矯正の勉強もして、私のために治療してくれたものでした。小学校の高学年頃から体重も増え、身体も大きくなり、学校を休むこともなくなりました。
親からこの道に進むように言われた訳ではありませんが、このような人を助ける仕事をしたいという思いはありました。
鍼灸に出会っていなければ、私は今も苦しみ続けていたと思います。こう考えた時、「よし、この道を行こう」ときっぱりと決心しました。
卒業後、直ぐに鍼灸専門学校で勉強することも考えましたが、先ずは社会人として人を見る目を養おうと思い、6年間会社に勤めました。
この道を選び、当院に奉職して30年を超えました。これからも現状に満足することなく、新しい技術、考えを取り入れて皆様が健康でお過ごし頂けるよう手助けをしていきたいと思っております。

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